makito's voice
2017年08月17日
銀座

  • 昨日銀座に行ったので、アップルストアと伊東屋を覗いてみた。Magic Keyboardのテンキー付きとiPad用のキーボードがいいなぁ。でもiPad miniでは使えない。うーむ。miniのサイズでProを出してくれぇ〜。
  • 伊東屋は、もう何年も行っていなかった。うちには、かつてのメルシーカード(古っ)が数千円単位で残っていたままだったが、気づいた時には廃止になっていた。まぁそんなことはどうでもいいんだけど、伊東屋は本当にワクワクしたなぁ。プロの道具や材料が見える店だった。
  • しかし、なんだかセレクトブランドショップになっていた。別館の方に、そういうものは任せているのだろう。とはいえ、あれならAXISに行くかな...。
  • 銀座ってのは、お偉いさんが酒を飲むとかブランドが並ぶというのもあったのだが、昔の松屋とかにしても、なんというか仕事する「大人」の街だったと感じる。いまや観光地なのだろうし、来るのは外国人旅行者となればその方針は致し方あるまいし、ある意味正解なのだろう。
  • 20〜30代の頃は、仕事で悩むといつも銀座をぶらぶらしていた。オヤジの声が聞えるような気がしていたからかもしれない。もう、その銀座は無くなってしまった。今は、どこに行ったら聞えるんだろうなぁ。

  • 2017年07月30日
    キャンプという名の飯トレ

  • 淘人とオヤジ、男二人で上高地へ行ってきました。中学の三者面談で、提出物を出さない、授業態度が悪いと、もう何度も言われていることをまた言われたらしく、説教の代わりに食事を整えさせようという考え。あれこれ面倒くさいと言って逃げているとしても、食うことだけは欲があろう。そこで、如何に飯を用意することに知恵と作業と忍耐が必要かを学ぶ...かどうかはわからんが(笑)キャンプという名の、グータラ息子の料理練習のようなもの。
  • 朝5時に上高地バスターミナル到着。小梨平キャンプ場までは歩いて10分程度。お手軽にも程がある。しかしシトシトと雨が降る中、狙っていた川沿いのテント場に空きが少ない。しかも初めての場所なのでウロウロ。気づけば足元もずぶ濡れになってしまった。僅かな隙間があり、そこにいたお兄さんに「ここいいですか?」と聞くと、「僕等もあと2〜3時間でここ空けるんで、そしたらこっちに移動したらいいですよ」と。ありがたい。とりあえず雨を凌ぐために仮にシェルターを張ると「おおっ〜!渋い!Goliteじゃないですか〜!」とお兄さん。しばし歓談しつつ、仮設営し、雨だしなにもできんので仮眠。

    雨。

  • その後8時位になってくると、撤収組がチラホラ。雨は降っているが、アチコチ歩きまわって景色の良いところで「俺達これで撤収だよ」というオジサン達。お兄さんに挨拶して、シェルターを移動し、出入り口にハンモック用に持ってきた小さなタープでひさしを作ったあたりで、ちょっと気持ち的に落ち着いたので珈琲を飲む。息子は寝ている。自分もすることが無いので寝てみるが、しばらくすると雨が本降りに。気がつくと地面に雨が染み出して、水たまりの中に、薄いマットを直に敷いて寝ているような状態に。そういえばお兄さんが「スノコ借りると良いらしいですよ」と言っていたのはこれか...。本降りの中、キャンプ受付でスノコを借りて、まずはシェルターの下に潜り込ませる。なんだかなぁと思いつつ、しかも急場しのぎのタープひさしでは雨が漏れてくるので、自作トーチャンシェルターを使って前室のように改善。んなことしてぐったり疲れる。
  • しばらくすると雨が弱まってきた。よし今だ、水浸しの位置から、少し移動する。普段ならこういう場所に設営しないのだが、指定場所の平地、さきほどまでオジサン達がいた場所ということで安心してしまっていた。多少斜めになるが、水はけの良い位置に。ここでようやく気持ちも落ち着いたが、そろそろ昼時。言ってみれば6時間雨の中設営の繰り返し。緊急時用に買っておいたカップラーメンに卵を入れて済ます。なんだかな〜、上高地の最初の飯がこれかとは思いつつ、最近のカップラーメンはうまいなぁと気持ちも落ち着く。

    緊急時用のカップラーメンを早速利用。

  • 数年前に黒部川を源流地点近くから下ったときに、4日間雨だったこともあったなと思い、まぁ山だからと思っていたところ、昼過ぎから何やら明るくなってきた。そして程なくして青空が。カップラーメンの後、またしても寝ていた息子を起こす。ぐんぐん暑くなってきたので、マットや荷物を干す。いやしかし青空は気持ち良い。
  • つかの間の晴れ間に、マットの上でゴロゴロ。シェルターもスノコも荷物もみるみる乾いていく。息子は本を読む。自分は歩いて5分のビジターセンターあたりの土産物屋に行ってビールを仕込んで飲む。最高。

    読書。今回、息子は丸2日でも30分も歩いていない。

    清流と穂高を前にゴロゴロ。

  • しばらくすると「腹減った」というので、川の前にマットを敷いて、玉ねぎとベーコンを切らせて、バーナーの使い方を教えて炒めさせる。そして買っておいたバゲットに挟んで食べる。

    玉ねぎとベーコンを用意

    清流と穂高を前にフライパン

    玉ねぎ焦げとる

  • そしてこの後はふたりとも昼寝。雨が降らないだけでこんなに気持ち良いのだ。いつも思うが、山は晴れてこそだ。雨の山も想い出には残る。しかし脳天気にキャンプを楽しむには、やはり晴れだ。

    写真を撮る人にとってはなんとも邪魔な存在だったに違いない

  • 夕方になってきたので、晩飯の準備。今回、キャンプで初挑戦な唐揚げ(笑)前の日から漬け込んでおいた鶏肉に薄力粉と片栗粉をまぶさせ、揚げていく。UL的発想からすればバーナーの無駄使いである。しかし、これでもかと味の染み込んだ鶏肉がカラリと揚がり、飯も炊いて晩飯の出来上がり。野菜はゼロw ちなみに油は紙で吸わせて捨てました。

    粉をまぶす

    揚げる

    美味かった

  • 唐揚げが揚がったところでまた雨が降ってきたので、早めの就寝。翌朝も結構降り、急ぎ拵えた前室にてベーコンエッグ。するとこの日は9時過ぎにまた晴れ間が。ありがたい。かなりカラリと晴れてきて、いよいよ天気回復の様子。

    Utopia2+自作トーチャンシェルターの変則組み合わせ

    雨の時は前室がありがたい

  • テン場から少し歩いたところに静かで景色のよいところがあったので、息子は読書、自分は座禅のつもりが、ゴロゴロしてビールとあたりめ。これがまた美味かった。

    パーフェクトに晴れてきた。

    散策と言っても2分も歩いていないw

    良い場所

    分厚い本を持ってきたようだ

    ビールとあたりめで幸せ

    ひたすらゴロゴロ。

  • 帰りは決めてなかったが、そろそろバスの手配をしておこうと歩いて10分程度のバスターミナルへ。河童橋やらバスターミナルやら、もういきなり人がわんさといて土産物屋に客が溢れてお姉さんが愛想を振りまく都会である。こんなに店が並ぶところから歩いて10分のところにテント張ってキャンプだなんて、まぁ山に行く人達にとってはベースキャンプであって良いのだが、自分達はここにしかいないわけで、なんとも都会派のキャンプであろう。いやしかし、実際テン場は静かで、この喧騒はちっとも届かない。むしろテン場の子供連れが賑やかなくらいである。ま、都会でも、隣室で人が亡くなっていても気付かないなんてことがあるらしいので、歩いて10分は、充分に「離れている」ことなのだろう。
  • せっかく来たので、インフォメーション施設で行われていた展示会などを見て、河童橋で写真を撮って店をいくつか覗いて400円もする上高地ソフトクリーム(実にうまかった)を食べて、ビジターセンターのWIFIでバスの手配をしたりして、テン場に戻ると14時を過ぎていた。今日の昼は、小麦粉でうどんを作るミッションだ。ボーメ値目分量で塩水を作り、ジップロックの中で水回し。これはなかなか厳しかったが、まぁなんとかまとめて、香川の讃岐うどんよろしく脚で踏ませる。踏んで広げては畳んで、を7回繰り返し、寝かせている間に出汁を取る。吸い物の出汁ではないので、タイミングはずらしてみたけれど、昆布と鰹節で煮込む。みりんが無いのでザックに入っていたグラニュー糖と醤油と塩で。出汁殻は生姜と刻んで炒め煮して佃煮風に。

    水回しはやはりボールなどを使いたいものですなぁ

    手でこねてまとめてから、脚で踏む。

    うどんつゆ用に出汁を

    出し殻は刻んで佃煮にして、翌朝のおかずに。

  • 本来ならばうどん玉は数時間以上寝かせるが、そもそも昼飯のつもりだったのが、もう15時近い。キャンプ場の広い炊事場で作業開始。延し棒は無いのでナルゲンボトルで。ナイフで細く切ってみるがあまりうまくいかない。琴平の宮武のランダムな感じに雰囲気だけでも似せようと、息子に1本ずつ手のひらでズリズリさせて、太さをよりランダムに。ガスバーナー全開で茹でる。粉が300g程度あったようで、2回に分けて茹でる。バーナーはかなり強力な方だが、しかしそもそもうどんを茹でるには大量のお湯と強い強い火力が必要だ。これでOD缶1本使ってしまったが、息子に味見させたら「もう大丈夫」というので、水で締める。そう、この上高地の清らかで冷たい水で締めてうまくないはずが無い。あぁここで蕎麦食いたい。

    伸ばし

    麺をほぐす

    茹でます

    2回に分けて、結局40分位茹でていたんじゃなかろうか...

  • 予想以上に良い状態だった。つゆも力強い仕上がりで、極太の、はりやを思わせるコシのありまくる麺との相性も良かった。しかし、やはり茹でる力が足りていなかった。半分ほどひやひやで食べたが、結局もう一度煮込んで完食。

    良いエッジが出ている部分も多かった

  • さて、この時点で16時過ぎ。日没も考えると、晩飯の用意の頃合いだが今食ったばかりである。しかし持参した牛肉があり、ビールと共に、清流に沈めてキンキンに冷やしてはあるが、そろそろ食べないとアカンだろう。息子はまた本を読んでいた。自分は川と山に向かって座禅の真似事を試みるが、ついつい清流に沈めた冷たい飲料を飲んでしまう。そして自分は、このキャンプ場にある風呂に入った。立派な風呂だった。熱い湯が心地よかった。なんなんだこれは。キャンプなのか?極楽だ。今さらながら食堂やら売店に寄ってみたら、なんでも売っていた。冷凍肉や野菜もw 値段も高くない。なんなんだこれは。土産物屋とホテルで賑わう河童橋な都会から歩いて10分、ここも見た目は自然だらけでテン場は浸水するが、実は都会なのだ。
  • 段々と暗くなってきた。今夜は雨も降りそうにないので、ヘッデンも用意しつつ米を炊き、少しヤバそうな匂いがしたような気もする牛肉を炒める。中学校の担任が「山登りに肉を持っていくんだがな、すこーし黄色くなって腐り始めた頃の肉がうまいんだよ!」と言っていたことを思い出す。実際、ちょっとやばい匂いがし始めていた。ま、今で言う熟成肉ってことだろうか(違 ま、普通に美味しく頂いて、腹も痛くはならなかった。

    もう少し厚みのある鍋で炊きたいものだなぁ

    肉肉

  • 夜になると星が綺麗だった。流れ星も少し見ることができた。夜中に軽く雨が来て用心したが、結局それが最後ではあった。朝は、昨晩多めに炊いた飯と、出し殻佃煮で握り飯。後から思うが、なぜこれを息子にやらせなかったのか。自分は爽快に早く目が冷めてしまい、ついルンルン気分でやってしまった。料理は、ある一線を越えると楽しいものである。その一線を越させるためにやらせなくてはならぬのに、自分でやってはダメである。

    握る

    良かです

    川と山を前に最後の飯

    もはや受動的に、仕方なく食べているようでもある

  • シェルターも乾いていて結露もほとんどなく、撤収もラクチンであった。最後に受付に挨拶をして、河童橋で写真を撮り、あとはバスで松本へ。松本では、醤油ラーメンを検索して行ったつもりの店が白湯だった。外界の料理はうまいのう。そして、歩いている途中に見つけた八百屋に並んだトマトに目を奪われ、店内にあったブルーベリーもまた激安だったので購入。店のお婆ちゃんが「私も若い頃は槍も穂高も行ったもんよ」と楽しそうに話してくれた。今でも充分に登れそうなお婆ちゃんだった。こんな人も東京に来たら電車の椅子を取り合うようになるのだろうか。あとで食べてみたら「これが完熟というものか」というほどに味の濃いトマトだった。今度は最初に松本で食材を集めてからキャンプに行く行程にするべきだなと思った。

    お約束

    とり麺や五色というところ。兄ちゃんがキリッとして玄人受けしそうな店。

    こういうの買わずにいられない。

  • それにしても、山にも登らなければ、林道を散々歩いたわけでもなく。しかしテレビもネットもゲームも無く。良い時間だった。今回ウェアも含めて山ギアは全部自分のものを息子に使わせたが、ほぼ問題なかった。デカくなってきたなぁ。

  • 2017年05月21日
    これから

  • パイロットが勝手に行先を変える飛行機のようなものだな。政治家や公務員が、運転操縦を忘れて主義に走り、右へ右へと向かっている。これから911のように何かに突っ込むのだろう。結局いつまで経っても特攻だ。天晴と叫ぶための生贄儀式。
    しかしそれは客が酒を飲み過ぎ、善良な悪気のない市民だと権利を盾に騒ぎ立て、着陸が気に入らなければごねればよいと、協力も監視も忘れた結果でもあるのだろう。パイロットはコミュニケーションベタな何代目かの形ばかりのエリートで、愚か者を冷笑しつつも孤独な冷徹に包まれ理解者がおらず、責任ばかり背負わされ憎悪を亡霊に操られる。小さな事故や犯罪と根は同じ。それを許してきた呑気な痴呆者が、全体を腐らせる。
  • すべてが、あらゆる偏った主義や世界の悪しき動きを浮き上がらせ、修正するためのプローブであることを願うが、日本の中の擁護論に、それらがひとつも見当たらないことは、それがどうにも絶望的なほどの楽観主義であることを浮き上がらせている。

  • 2016年11月16日
    【ドラマー風間勝雄さんのこと】

    いつだったか阿佐ヶ谷のSoul玉Tokyoでのライブが終わって。
    「ドラムいいねぇ!」
    と声をかけてくださったのが、勝雄さんでした。
     
    自作オイル缶ドラムセットを使っていた頃だったか、キッズドラムを店に置くようになった頃だったか...。ニコニコとした酔っ払った顔で、いろいろと自分のドラムのことを言ってくれました。最初は、まぁライブで酔っ払って盛り上がってるオッサン(笑)という感じではありましたが、こっちも酒のんでライブやってるオッサンだし、オッサンがオッサンをわざわざ褒めてくれるのだから、下心などある筈もないわけで、珍しく褒められて嬉しいなぁという感じでした。
     
    その後も、ライブの時に「やっぱりいいねぇ!」と声をかけていただいたのですが、昨年の10/24に「これ使ってみてよ」とスネアを持ってきてくれました。ケースから出てきたのはグレッチ。ラウンドバッジのビンテージもの、とはいえ実のところ、キッズドラムのセットに組み込むにはマジ過ぎるスネアでした。自分で持ち込む12〜13インチの薄いスネアの時でも、結構ミュートしたりするのですが、「このスネアの音、山村君が叩いてるのを外から聞いてみたいんだよね。」そう言われてしまったからには、なるべくオープンな状況で鳴らした方が良いだろうなと思いました。
     
    スネアだけがマジサウンドだったこと、そしてあまり使っていなかったのか、堅く尖った感じがしていたので、演奏は結構バランスを取るのが手強かった憶えがあります。とはいえ、曲を追う毎に段々慣れてきて、そして勝雄さんが楽しそうに見ていてくれたので、なるほどこのスネアはこういう感じか〜と探らせていただきました。
     
    「俺のスネアいい音だなぁ!どう?これ?」
    「さすがはグレッチですね〜。しかも古いんですよねきっと?」
    「これさぁ、山村君持ってく?」
     
    いやいやいや、酔った勢いとはいえ、大事なスネアをひょいとお借りするわけにはいきませぬ。勝雄さんがもっとガンガン使ったほうが良いですよと言うと。
     
    「うーん。そうかなぁ。うん、でも今日はこれが良い音だってわかって嬉しかった!」
     
    とおっしゃっていました。確か、ストレイナーが調子があまり良くないんだよなーとも言っていて、修理できるのかなーとか。ちょうどその頃自分は某ヴィンテージパーツ収集家なFさんから譲り受けたシェルやらなんやらを使ってミニキットみたいなものを組んでいて、数台まとめてスタジオに集まってみんなで叩いたりしるのをFaceBookに載せていたのですが、勝雄さんはそれを見て「なんかああいうのを再生したりしてるの?あんな風にドラマーで集まるのとか、楽しそうだよね。それならさ俺のところにあるロジャースのセット、もらってくれないかなぁ。で、なんか使ってくれたらすごく嬉しんだけど」みたいな話しに。
     
    そこから少しやりとりがあって、勝雄さんに私の行動をできるだけ正確に伝えるべく、別に商売的にやっていることでもなく、出来る範囲で、たまたま縁があって自分のところに来たものを組み合わせたりしてるということ、セットならば、預かってメンテしてみんなで試させていただくということで、永久貸与みたいにさせてくださいと伝えると、昨年11月に西新井リズケンのスタジオまで、車でセットを持ってきてくれました。白いロジャースのセットで、20,13,16でした。ファイバーケース、タムホルダー、フットペダルもあって。例のスネアは貴重なので遠慮(もちろんこのロジャースも貴重ですが)。まぁ、しばらくほおって置かれていた楽器という感じでした。その時に初めて、勝雄さんとドラムの話をあれこれしました。結果的にはあれが最初で最後になってしまいましたが。そして、あのスネアを持ってきた日、勝雄さんはかなり酔っ払って帰宅し、翌朝になって「スネアがない!」と慌てたそうです。で、聞いてみたらお店に忘れて帰っていったとか(笑)
     
    その後、ロジャースのセットは時間のあるときに清掃、サビ取りやカバリングの汚れ落とし、ヘッドの張替えなど少しずつ行っていきました。そして5月頃にドラマー仲間と試して、ちょうどそこに居た、自宅をスタジオにしているO君に預けて少し叩いてもらうことに。ちなみにこのO君は、タイコは鳴らさないと気がすまないという性格なので、エージングというか馴染ませるには持って来いの人材です(笑)
     
    夏になると、私は某公園で野外でドラムを叩くことにハマり、なんとなくそこで人が集まるようにもなってきて、これなら勝雄さんも楽しんでもらえるんじゃないか、と。そして気がつけばもう年末が見え始める今日この頃。いよいよ忘年会か新年会も絡めて、ドラマー飲み会、運べるドラムセット研究会のオフ会など、そんなのも良いなと。
     
    そんなときに、Soul玉TokyoのYさんからのメールでした。
     
    急転直下。
     
    おそらく誰しもが訳もわからない状況だったと思われます。私は、周囲の方の協力により、お別れに行くことはでき、お顔も見ることができました。勝雄さんが普段どんなスティックを使っていたのかはわかりませんでしたが、自分が今一番気に入っていたスティックのペアを置いてきました。
     
    勝雄さん、お預かりしたロジャースの復活をお見せ出来できませんでした。
     
    自分の行動が遅すぎました。
     
    まだ時間があるだろう、呼ぶにはまだもっと良い機会があるだろう、そんなことが言い訳になっていたかもしれません。もっと、経過の報告や写真もお送りしておけばよかった。なにより、先週はO君がロジャースを持ってきてくれていました。なぜ自分は一本のメールもできなかったのか。何もかも自分がノロマすぎました。
     
    訃報を聞いた翌日、ドラムを叩いていたら雨が降ってきました。涙の雨でしょうか。
     
    今度、晴れた日にまたあのロジャースをセットしますので、叩きに来てください。
    あの場所なら空からでも見つけやすいでしょう?
    音もきっとよく飛ぶから聞こえますよね?
     
    そして、また俺のドラムについて、何か言ってください。
    あんなに真面目な目で、自分のドラムについて話してくれた人がどれほどいたか。
    酔っ払った勢いでも、嬉しかったです。
     
    勝雄さん、遅くなって申し訳ありませんでした。
    そして、本当にありがとうございました。
     
    来世は、一緒にドラム叩いてやってください。


    2016年07月15日
    7月

  • 気がつけば7月。ツイッターやフェイスブックに書くようになって、この日記も手薄になってしまっている。

  • 日本はどこへ向かうのか。数年前のあの時からの嫌な予感が、ひとつひとつ着実に現実になっている。

  • いろいろなサイン。いろいろな伏線。いろいろな直感。いろいろな衝動。すべてを押し殺してきた。そして今に至る。

  • 2016年01月30日
    音楽から学んだこと

  • 音楽から学んだこと
     
    【共感】
    音楽を豊かなものと考える人
    自分で生み出す人
    心を豊かにしたいと考える人
    音楽で人とつながる人
    身体と心を自ら正そうとする人
    地味でも力のある人
    行動にユーモアと品のある人
    美学と哲学を考える人
    謙遜を知る人
    演奏することと生きることが乖離していない人
    音楽が自分を変えるものと考える人
    自分の所業がすなわち自分を作ると考える人
     
    【注意点】
    狭い世界から出ること
    自惚れないこと
    歴史に目を向けずに自己の発想を唯一と思わぬこと
    ジャンルを知らずに多様性やオリジナリティを語らぬこと
    目に見えるもの、自分の感覚だけで判断しないこと
    物事の奥行きを深く見ること
    自分と正反対なウラをオモテに感じられるようになること
    感じ方ひとつで違和感が調和に転じる可能性を知ること
    バリアを張らないこと
    個性を都合にすり替えないこと
    自分が2人いたら喧嘩しない者同志であること

  • 2016年01月04日
    絵のような

  • 正月4日目。料理の見た目が絵のような。